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シナリオの勉強法4 現代テレビドラマのキャラクターについての考察

こんにちは。サロンの吉野です。
今回は、テレビドラマで描くキャラクターについてお話したいと思います。
テレビドラマ限定のキャラクターについての考察ですので、映画や舞台のキャラクターのことではありませんので、そこは予めご了承ください。
また、今回の記事で述べさせていただく考察は、かなり私見が入っています。
考え方が違うという方もいらっしゃるかと思いますが、その点もご容赦いただきたいと思います。

まず初めにお伝えしなければならないことなのですが、私はシナリオコンクールの受賞者が、プロのライターとして活躍している割合は、他の道から流れ込んだ方々より低いのではないかという気がしています。
創作交流サークル サロンの目指すところとして、コンクールを受賞して、プロへの足掛かりを作る!という大目標がありますので、是非とも主催者の方々には、コンクール出身者を、色々な意味で優遇していただけることを望みます。

ただ、現状として、コンクール出身者以外の方が、テレビドラマとシナリオを書かれてケースが、非常に多いのは間違いないと思います。
それでは、どういった方が多いかというと、元テレビ局の職員や元ドラマ制作会社に所属していた方など、いわゆる業界流れの方が多いというのはわかるのですが、他にご自分の劇団を持っている方、あるいは、そこで台本を書いている方の採用も、とても多いように思いました。
おそらく局や制作会社のプロデューサーが、面白い劇団に目をつけて、スカウトしてくるという流れだと思います。
確かに、三谷幸喜さんや宮藤官九郎さんなどが、長く活躍されているのをみると、そういったスカウト活動も、才能発掘という意味では、的外れではないのでしょう。

ただ、ここからは私の考えです。
最近、そうした劇団出身のシナリオライターの書くキャラクターですが、テレビドラマとして見る限り、やや無理がある作り方をしているのでは?と思うのです。
その大きな理由は、テレビという枠と、舞台という枠の違いような気がします。
ご承知の通り、テレビはせいぜい縦横1メートルか2メートル以内の画面の中で、キャラクターたちは動きます。
当然、テレビドラマは、舞台ではできないアップの芝居もできるので、よりキャラクターの存在にリアリティーが求められます。
一対一の芝居も、アップの技術がある分、舞台よりも緊迫感のあるものが作れます。

一方舞台は、一つの板(舞台)の上で、複数の人物の動きを追いかけなければなりません。
そういった複数の人物を同時に描く際には、どうしても大げさな芝居をしなければならないのは、当然のことです。
また、舞台では、お客さんの長い沈黙を嫌う面があります。
要するに、笑いをとらなければならない、笑いをとることが、半ば必然になってくるのです。
そこで舞台の人がよくやる手として、「変わった人」を出してくるのです。
「変わった人」、「変な人」が出てきて、変わった芝居、変なセリフ、また突拍子もない動きを見せます。
確かに舞台の上では、こうしたキャラクターの動きは、あまり違和感なく、むしろ面白い!という評価をもらうことがあるに違いありません。
ただ、私の考えるところ、テレビというものは、最も現実感のある表現が必要な媒体だと思っています。
変な人が変な動作をしたり、変なセリフを吐くのを、違和感として受け止める方も少なくないのでは、と思うのです。

私はテレビドラマのキャラクターは、普通の人が普通に生活していく中で、そこで起きる非日常的な出来事に遭遇することで、他人と対立したり、自ら葛藤することで、ドラマは成り立っていくものだと思っています。

コンクールの作品でも、それを読まれた方が、「キャラクターが良いですね」とか「キャラが立っていますね」など、割りと気軽にキャラクターのことを切り出しますが、本当に良いキャラクターとはどんなものなのか?
もう少し深く検討していただければと思います。
特にテレビドラマのキャラクターについては……。

私の持論に、お付き合いいただき、ありがとうございました。
ご閲覧、感謝申し上げます。



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